触覚
手で土に空間をつくる
この器の中に人が住んだら
器の中からみえるもの
器の中で育つ子供のひとかけらに
器の中でやがて消えてゆく時想うこと
目に見えないものや人間の不完全さに
共鳴するものがつくりたい
内省的建築の探求
ROR はスウェーデン語で「手触り」という意味
手触りは実存であり生そのもの。
ゆく先の死へと続く旅の中で
建築が放つ力に触れた身体の諸感覚は、
心の安堵や震えを覚え、やがて内省へと向かう
私は学校で機械を学び、卒業後は機械設計と製造を仕事にしていました。28歳の時に、数寄屋大工の逸見さんの建築に触れた瞬間に建築の世界に引き込まれていきました。そこに惹かれたのは材木だけではなく、鉄や石など性質の異なる素材を既成概念にとらわれない方法で再構築していたこと、そして光の抑揚がつくる聖性。そして手の跡を感じる仕事です。その時は「なにかわからないけどいい」という言葉にできないものでした。
建築への遅い出発でしたが、鑿や鉋を研ぎ、現場の納まりを習う日々が始まりました。年月を重ねるうちに、自身で設計と施工を一貫して行いたいという思いが強くなりました。ただ、設計、建築概念については独自の解釈で探求したいという思いから独学で学ぶことにしました。また、私は生涯大工であり肉体労働者という作り手でありたいと願っています。それは手仕事こそが文明だと考えるからです。
先に書いた設計と施工の一貫性は、とても重要なことで、住む人の背景を想い巡らし、建築の場所の意味を探ることも心で考える。その心の在り方が手に現れると信じています。
現代では身体性が希薄になりつつありますが、人間の感覚器官は嗅覚・味覚・触覚・視覚・聴覚と発達してきました。現在の建築や素材は視覚に頼るものが多く、物質は短時間に模造され時間の蓄積を感じにくいものも少なくありません。人間は自然の生き物として暮らす存在であり建築は人間よりも長い時間軸の同じ構成元素の集合体であることが「なにかわからないけどいい」と感じるのではないかと私は思います。
また建築の様式は、その土地の歴史や周囲環境、建築主の趣向といった多様な要素によって決まるため、あらかじめ定まった方向性を持たせていません。標準や普遍に頼るのではなく、固有の要素で積み上げたものが時間に耐えることを目指しています。
さらに建築をする上で経済性は重要ですが、建築の姿が社会的な外側へと意識が傾き過ぎるのではなく、精神的な内側に向かう存在であることも大切です。極端にいうと小屋であっても空間に「小さな宇宙」があれば十分であり経済性も担保できるのではないでしょうか。
人が手をかけて創り出す建築は、情感に働きかけ人のあり方をも形づくる。
人が元気をなくしたときには建築が手を差し伸べる存在であってほしいと願います。