禅寺 

広島県福山市の神勝寺『禅と庭のミュージアム』広大な敷地の中に伽藍や茶室、インスタレーションが点在する。

総門をくぐると左にある寺務所 松堂(藤森氏設計)
屋根は銅を手で曲げ葺く。

一来亭 千利休が最小を求めて造ったが、秀吉は嫌ったという一畳台目。身を入れてみたが間合いを超えている。
現存せず資料により中村昌生氏の監修で再現した。

洸庭 (名和晃平氏/SANDWICHI設計)内部は闇の中にある水、波、かすかな光、全感覚的に禅を体感するインスタレーション。調整中のため閉館だった。
全身に檜のこけら葺きを纏う彫刻建築。

本堂脇の荘厳堂内にある多数の白隠(禅中興の祖)コレクション。
『暫時不在如同死人』晩年は形には拘らずに書いた。
現代人が忘れがちな中今を生きるに通じる。

 

写真の練習


建築写真を自身で撮ると決めた。マニュアル本をパラパラと早送りにして
カメラを触りながら、これが・・あれが・・と格闘する。
要はマニュアルが頭に入ってこないのだ。異国の言葉で書かれた異国の経典にしか目には映らない。
しかし何か新鮮で、なぜか楽しい。
・・・上は天神町のHAMONさんで購入した花入 断面は楕円形で白濁と黒い縁が清廉。

 

あさ走る


あさ走る とぼとぼ歩く また走る

すぐ歩く

折り返しの池 棒立ちのまま眺める 水の底から気泡が上がり水草を押す ぱちぱち ぱちぱちと音を立てる

また走る 

vaglangd

先日15日に竣工した住宅の母屋と離れ。
母屋に作った天窓は光の波長が短い朝の仕様にした。
海の底から見上げた色調になった。

離れの入り口は両開きに。その内側にステンレス格子で挟んだ防虫網を引き戸にした。

憧れの人

建築の世界に入るきっかけをくれた逸見さん。

京都で数寄屋の修行を終え帰岡し、仕事を続けていた。

大きな体で滑らかにゆっくり動く。

凪の如く決して誰にも怒ったりなどしない。

いつもうす汚れていたが、品があり諦観を漂わせていた。

規矩尺術を巧みに使いこなし、曲尺をくるくると回す。

黙々と滑らかに刻みものを組み上げる。

たまに出来たものが気に入らないと、工期や予算などお構いなしに黙々と壊す。

何も分かっていない私に、

「たとえば拳大の石があるとするじゃろう。ほんとに拳くらいの大きさなんか、

土の中の大きな石の先端なんか感じてわかる様にならんといけん」

この人ほんとに分かるんかなあと思いながら「はい」と返事をした。

「仕事」事に仕える。

自分の感覚に従って「美」を追求する真摯な姿勢を思い出し

今でもやはり憧れである。