ふわふわと浮いた球の上に居るものだから何が起きても不思議はない。
冷戦の結末にベルリンの壁につるはしを振り下ろし、
コンクリートが砕け散る。
人々が狂喜しているその様に心弾んでみたが、
寂しくも持っているものは変わらない。
何かの一編に『岸から手を離す』とあった。
憂いてみても切りがない、存分に生きてみようという主旨だった。
『存分』をするには帰る場所がいる。
日本の農家や住居のもとになった竪穴式住居や岩陰や洞窟に
身を寄せていた時代と現在も変わりなく
その空間で食べ、語り、祈り、思いに耽る。
空間という器に文化や信仰を映し、
穏やかさや静けさを纏わせ時間をかけて美しさを住人が重ねてゆく。
器に完成はなく、父性と母性を持ち合わせた生き物のように思う。
広島県福山市の神勝寺『禅と庭のミュージアム』広大な敷地の中に伽藍や茶室、インスタレーションが点在する。
総門をくぐると左にある寺務所 松堂(藤森氏設計)
屋根は銅を手で曲げ葺く。

一来亭 千利休が最小を求めて造ったが、秀吉は嫌ったという一畳台目。身を入れてみたが間合いを超えている。
現存せず資料により中村昌生氏の監修で再現した。

洸庭 (名和晃平氏/SANDWICHI設計)内部は闇の中にある水、波、かすかな光、全感覚的に禅を体感するインスタレーション。調整中のため閉館だった。
全身に檜のこけら葺きを纏う彫刻建築。



本堂脇の荘厳堂内にある多数の白隠(禅中興の祖)コレクション。
『暫時不在如同死人』晩年は形には拘らずに書いた。
現代人が忘れがちな中今を生きるに通じる。


建築写真を自身で撮ると決めた。マニュアル本をパラパラと早送りにして
カメラを触りながら、これが・・あれが・・と格闘する。
要はマニュアルが頭に入ってこないのだ。異国の言葉で書かれた異国の経典にしか目には映らない。
しかし何か新鮮で、なぜか楽しい。
・・・上は天神町のHAMONさんで購入した花入 断面は楕円形で白濁と黒い縁が清廉。

先日15日に竣工した住宅の母屋と離れ。
母屋に作った天窓は光の波長が短い朝の仕様にした。
海の底から見上げた色調になった。

離れの入り口は両開きに。その内側にステンレス格子で挟んだ防虫網を引き戸にした。




